師走の12月。年の瀬ですね。
慌ただしい季節ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?
私は今年は大学院通学&農作業と並行して民泊&農cafeの立ち上げ(WEBサイトも)を行い、目まぐるしい1年でした。
沢山の方々にご支援いただいた1年でもあったと実感しています。同時にご縁も多方面に広がりました。有難うございました。
せめて年末だけは振り返りの時間を持とうということで、外出予定を控え、ここ数日はゆったりした日々を過ごしています。
ずっと気になっていた細かい部分の大掃除も一気にでき、スッキリした気持ちで新年を迎えることができそうです。
さて、そんな中、振り返りのフィードバックを行っていると、やはり意識してしまうのは、これから先の人生のこと。
2018年の最後の投稿です。
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どういう人生を歩みたいか?
人生の可能性とは一体何だろうか?
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「I, Robot」(われはロボット)、「Foundation」(ファウンデーションシリーズ)、「Is Anyone There?」(生命と非生命のあいだ)、「Tales of the Black Widowers」(黒後家蜘蛛の会)など、今なおファンを魅了してやまない数多くのSF作品から推理小説、科学エッセイ等を多数残した作家・生化学者のアイザック・アシモフ(1920-1992)。
特に「I, Robot」の中で示されたロボット工学三原則は、3/4世紀前(1950年頃)に提唱されたにも関わらず、未だに影響を与えていると言われています。
若き日のアシモフ
いよいよAIの実社会での利活用が始まり、黎明期とも言える時代を私たちは生きています。
どんな未来がやってくるかワクワクしますね。
次から次へとパラダイムが変化する激動の時代は刺激に満ちています。
刺激が多いということは、バランス感覚がますます大事になるはずです。
よりチャレンジし甲斐がある時代に突入しているのではないでしょうか。
AIという言葉を聞くとアシモフの発案した三原則を思い浮かべる人は私だけではないと思います。
今から7~8年前にメディアに登場し話題になったHONDAの二足歩行型ロボットのASIMOは、アシモフ(ASIMOV)の名前にちなんだのではないかとも言われていました。(NHKのおばあちゃん型ロボットをめぐる奇想天外なストーリーアニメの「ワシモ(WASIMO)」も!?)
Honda Motor公式
そんな後世にもインパクトを与え続けているアシモフの自伝の冒頭にこんな詩があります。
"思い出はなおも若く
喜びは今も胸に
過ぎし日の情景は鮮やかに蘇る
我々は意気高く
歳月による破壊も及ばず
全てが古びようとこの世は新た"
ロボット工学から生命科学、言語学、歴史学まで、分野の垣根を越えて、当時の先端研究を究めていた知の巨人が晩年に残した人生を詠んだ珠玉の詩。(自伝では、詠み人知らず、と書かれていますが、本人の詩ではないかと、、、)
こんな人生だったら素晴らしいだろうなぁ、とかれこれ十数年前に自伝を読んだ時の感動。
今もよく覚えています。
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人生を豊かにするものの正体、さらに言えば、刻一刻と過ぎていく日々の可能性を高めるためにはどうすれば良いのか?
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「人生の可能性」という言葉は魅力的ではありますが、抽象度が高いため、ややもすると問題提起が曖昧になりがちです。
そこで、まずは人の一生を時間軸から考えたいと思います。
日本人の平均寿命は女性が87.26歳、男性が81.09歳と公表されています。(2017年 厚生労働省調べ)
女性は世界2位、男性は世界3位。凄いですよね。
仮に現在32歳の男性がいたとします。
75歳まで現役で毎日8時間働くとすると、引退するまでにあとどれくらい生産時間を持つことが出来るでしょうか?
大まかな計算を以下に示します。
・残りの生産可能年 43(年)
・年間労働日数 260(日)
・1日の労働時間 8(時間)
(※労働日数と時間は日本企業の凡その平均です。自営業や社長業なら大きく変動すると思います)
▶ 43 × 260 × 8 = 89,440時間
ということになります。
これを多いと感じるか、少ないと感じるかは人それぞれだと思いますが、指針なく日々を過ごすと、アッと言う間に時間は過ぎて行ってしまうのも事実かと思います。時間とは不思議なものです。
なので、具体化・数値化による認識は行動力を高めるためにも肝要です。
客観的に状況を把握することは豊かな生き方の条件でもある気がします。
ちなみに睡眠時間はどうでしょうか?
男性平均寿命81歳から32歳を引いた49年を残りの寿命とし、平均睡眠時間を7時間とします。
▶ 49 × 365 × 7 = 125,195時間
数字から見ても睡眠はもの凄く大事ですよね。生産時間よりずっと多いのですから。
(実は生産時間より睡眠時間を制すれば人生は豊か!?)
毎日の睡眠時間をしっかり整えていくことが生産時間を豊かにするのは誰もが感じることと思います。
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日々の豊かさの鍵は時間への認識がポイントになるはずです。
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次は時間と共に、いつの日も人類の哲学的・科学的な議論の対象となっている「空間」について考えたいと思います。
と言っても、難しい考察ではありません。
ごく身近な感覚を大事にしたいと思います。
でないと、実践ができないですからね。
空間とは何でしょうか?
地域社会、学校、会社、お店、レジャー施設、倉庫、家屋、車中、山、川、湖、道、畑、空、大気圏、地球、太陽系、銀河系、宇宙,,,etc
認識対象の領域を広めていけば、どこまででも伸びていきます。
逆に行きます。人間の身体を空間の認識対象とします。
身体、血管、骨、細胞、ミトコンドリア、DNA、分子、原子、量子,,,etc
認識対象の領域を狭めていけば、どこまででも伸びていきます。
空間認識をマクロ・ミクロの両輪でつき詰めていくことで、知る喜びと知識が増えて人生は豊かになると思います。
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違う視点で行きます。
空間をもっと身近なものとして捉え、「日々の生活の場における動作の質」としたらどうでしょうか。
人は毎日の生活で色々なことをします。
その動作の一つひとつは、どこかしらの空間で行われるに違いありません。
そのため「空間における何らかの行動の質が豊かさの鍵ではないか」という視点で進めます。
例えば、「お腹が空いたので、何か食べたい」と思ったとします。
そこで、ネットで情報を見ると、どこどこの飲食店で期間限定のフードメニューが掲載されていることを知り、しかも「大人気」とまでSNSで拡散されているので、「よし行って見よう!」と車を30分走らせて食べに行く事にしました。
お店には行列が出来、1時間待ってようやく食べることが出来ました。お腹がペコペコだったため、いつもより余計に沢山食べました。しかも早食いで。身体には少々負担がかかったかもしれません。
でも、これは本人にとって満足する行動だったと思います。
私もこういうことがたまにあるので、わが身のこととしてわかります(笑)。
移動時間、ガソリン、飲食代を使って手に入れることができた、ある日の「空間」(生活の場における動作の質)での出来事でした。
一方こういうケースはどうでしょうか。
お腹が空いたので、自家菜園に野菜を取りにいきます。
山間部を流れる空気を吸いながら、土の上を歩き、草木の匂いを嗅ぎ、寒く張り詰めた空気が肌に触れ、土に手で触れて野菜を収穫します。
その野菜を伏流水が合流するポイントで下洗いし、台所に持っていき、手先と身体を動かして料理を始めます。
調味料は市販のものも使いますが、味噌や醤油は自分達の手で仕込んだものを使います。
料理が完成します。添えに自家製の漬物も数種類加わりますが、去年からじっくり付け込まれているもののため、有用微生物がふんだんにいます。胃も腸も喜ぶばずです。
ここまで約1時間。沢山の動作を行いました。
土に触れる事、水で洗う事、包丁で切る事、熱処理する事、味をつける事、盛り付けること、お皿を運ぶ事。
土に触れると身体全体が気持ちよくなり、モヤモヤも晴れていくことがよくあります。これは論より証拠で、体験すればわかります。
冷水で洗えば、その時は冷たいですが、やがてポカポカ内側から温かくなってきます。手に良い刺激です。
熱もまたしかり。火のゆらぎを見るとリラックスします(昔の日本の生活ではごく当たり前だった釜戸が羨ましい)。
盛り付けも毎回工夫すれば感性が磨かれると思います。
両手で沢山のお皿を同時に運ぶとバランス感覚が鍛えられます。
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1時間という時間を投資し、行動はどうだったか?「空間(生活の場における動作の質)」はどれくらい豊かになったか?
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未来とは、一見取りつく島がないように思えますが、冷静に考えてみれば、毎日の積み重ねの延長でしかないことに気づきます。
つまり、今日一日の内容は、未来の縮図のようなものです。
毎日とは、刻一刻と過ぎていく時間に対して判断を行い、地球が自転・公転する間に何らかの行動をしていく人間の単位です。
その総和が人生になるはずです。
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お腹が空いて外食のために車で出かける例と自家菜園から野菜を収穫して来て料理をする例。
どちらが人生が豊かになると感じましたか?
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おそらく後者という方の方が多いと思います。私もそうです。
さらに問います。
では、どうしてそのように人の気持ちは反応するのでしょうか?
それは、日々刻々と過ぎていく時間の中で、自身が養われていく感覚が人生を豊かにする要素だと多くの人が無意識に知っているからではないかと思います。
養われるモノは、技能・スキル・ワザ・コツetc,,,呼び方は状況に応じて様々ですが、これらが毎日の生活の中で少しでも向上を続けるような生き方(時間投資の仕方)をすることが、空間を豊かにすること、ひいては人生の可能性を拡大していくことにつながるのではないかと考えるようになりました。
さらに言えば、体験・体感をその場で流しっぱなしの状態にせず、養われていく感覚自体を自覚しておくことも鍵である気がします。
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「非効率の中にある豊かさ」
ある日、私は自分に問いました。
里山で生きる人達の様々な生活のあり方や農作業の仕方に、いちいち自分は感動してやまないが、これは一体どういうワケで心がそのように反応しているのか?
なかなか言語化できずにいました。
しかし、農作業や手仕事を繰り返しいるうちに、ある種の感覚を持つに至りました。
そうか、このように何でも手間暇をかけて、一見すると効率が決して良いように思えないことも、しかし、それらを自分達の手であえて全てやっていくプロセスの中で、現代社会・生活の中では得ることが出来なくなってしまった色々なモノ・コトが養われていくことに繋がってはいないか?
と。
それを私は「非効率の中にある豊かさ」に違いないと考えるようになりました。
この感覚を持ち、出来る限り現代的な生活のリズムの中にあっても実践できるように努め、コレが出来たら次へ、次が出来たらその次へと「養い感覚」を忘れないようにしたいと腹に落ちました。
昔から伝わる農法や伝統・文化を継承する里山の人達は「豊かな時空間(time and space)を生きている」と私の目には映っています。
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あの活発でありながらも、時にしなやかで柔軟性に富んだ動きから繰り出されるワザと工夫の数々。
そこは、緊張感と温かみあるムードのバランスが良く、四季を通じて緩急ある毎日の営みが繰り返されます。
「時間」という不思議なモノは、空間を構造する人の動作の質によって大きく変化することを里山で改めて発見。
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"毎日を生きよ。あなたの人生が始まった時のように。"(Goethe)
"未来を知る最善の方法は自ら未来を創り出すことである"(P・F・Drucker)
"今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?"(Steve Jobs)
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年の瀬、ようやく様々な整理と一年の振り返りができる余裕が少しだけ出来てきました。
予想以上の豊富な学びと成長の機会を与えられたことに感謝しかありません。
来年もチャレンジ精神を忘れず、里山暮らしのエッセンスを実践しながら、魅力的な「場(時空間)づくり」に力を注いでいきたいと思います。
今年も有難うございました。
皆さまも良いお年をお迎えください。
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冒頭の写真は冬の戸隠連峰です。
雪景色と凛とした空気の質感は集中力を高めてくれます。
医工学修士。信州大学大学院総合理工学研究科卒業。THE KOKONOEの経営と並行して修士課程に在籍し、先端生命科学の研鑽に励み学位を取得。植物優勢生育の条件を土壌微生物の比較ゲノム解析からアプローチし、学術と現場の両輪から探究。土づくりアドバイザー。ゴングパフォーマー。Sound Luxury 代表セラピスト。2021年より医療福祉専門学校にて鍼灸師の国家資格取得に向け研鑽に励む。
〒381-4102 長野県長野市戸隠豊岡327