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土作りに凝縮される里山暮らしの哲学 ~茅の地域循環をめぐる戸隠での新たな動き~2018/12/04

SUN AND MOON

2018/12/042018:12:04:20:22:23

土作りに凝縮される里山暮らしの哲学 ~茅の地域循環をめぐる戸隠での新たな動き~

「茅(カヤ)にはどうも大きな可能性が隠されていそうだ」

戸隠の山里で受け継がれる伝統農法に触れて以来、感じていたことです。天然由来の有機資材を活用する熟練農家の知恵と技。その姿に魅せられました。

それに茅と言えば茅葺屋根。古民家の茅葺屋根を見るとついつい嬉しくなってしまう人も多いのではないかと思います。

「いつか茅葺屋根の古民家に住みたい」とお話しされる都市部から田舎へ移住を希望されている方とお会いするケースも珍しくありません。

茅葺屋根は日本人の遺伝子に刻まれた情景とでも表現したら良いでしょうか、目まぐるしく変化する現代社会の中においても「心の拠り所」的な対象として、多くの人達に親和されている趣があります。

そもそも茅とは一体何でしょうか?


茅(かや)は、古くから屋根材や飼肥料などに利用されてきたイネ科およびカヤツリグサ科の草本の総称である。カヤと呼ばれるのは、細長い葉と茎を地上から立てる一部の有用草本植物で、代表種にチガヤ、スゲ、ススキがある。ススキを特定的に意味することもある。総称が本義でススキの意が派生だが、逆に、ススキが本義で意味が広がったとも。wikipedia


戸隠の田畑に生える茅

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様々なポテンシャルを感じさせてくれる茅。

農業の現場や里山暮らしの中では具体的にどのように活用されているのでしょうか?

1.除草効果を狙って粉砕した茅を畝間に敷き詰める

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写真はトマトの畝間ですが、他の品目の野菜でも同様の工夫が施されているケースが多いです。

茅マルチ、除草茅シートと表現すれば良いでしょうか。

冬の前に支柱の撤去が終わり、トラクターのロータリーで土を耕すと同時に土中に茅をすき込めば優れた有機物として土の肥沃化につながります。

この方法を初めて農家さんから教わった時の感動は今でもよく覚えています。

2.堆肥化を行う

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秋に刈った茅を粉砕して牛糞と混ぜて堆肥化を進めているところです。

左右に切り返すスペースがあり、熟成具合にムラが出ない工夫もされています。

氷点下を大きく下回る冬は水の散布が難しいため、雪の塊を入れるそうです。

秋にタイミングよく堆肥化を仕込んでおけば、湯気が出るくらいの発酵熱が生み出され、水分補給に雪が最適だそうです。

この工夫にも感動ですね。

熟成が進んだ茅の堆肥を翌春に土にすき込むことで品質の高い野菜の栽培を促進します。

農業以外にも中山間地の生活の中で、今なお茅が活用されています。

3.防寒のために茅の束を家の壁面に並べるまたは積む

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4.どんど焼きまつりで使われる

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このように今でも農業・生活の一部になっている茅の活用方法を見てきましたが、昔の里山暮らしではさらに多面的に茅が活かされていたようです。

戸隠森林植物園内に「八十二森のまなびや」という施設があります。ここでは中山間地の昔の里山暮らしの様子や地形・地質、野鳥について知ることができます。


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石炭やガス、プラスチック、化学肥料などが行きわたる前、昭和30年代くらいまでの山村の暮らしは、まわりの山(森林)が無くては成り立たないものでした。それは単に、山の木を木材として利用するというだけでなく、日常の燃料だった薪や木炭、田畑の肥料にするための落ち葉や下草、薬草や山菜、きのこなどの山の幸など、あらゆる面で山の恩恵を受けていたのです。(写真・文章 八十二森のまなびや資料館)


循環と持続可能性(サステイナブル)。

今の時代のキーワードです。

生活・仕事を出来る限りこのベクトルに合わせていこうという向きは個人・組織に関わらず年々増加傾向にあると思います。

世界の流れを見てもそのように受け取れます。

では、どこからその具体的なステップを踏み出せば良いか?比較的すぐに可能なことは何か?

里山ではこれまで見てきた「茅」に突破口があると考えています。

上記の図のような昔の生活リズムを参考にしつつ、現代にマッチする形で茅を生活・農業に取り入れ、地域全体の循環を意識していけば、もっと魅力的でワクワクする展開が出来るのではないか、常々思っていました。

約2カ月前、戸隠の宿坊の茅葺屋根の修繕を手掛けている職人・(茅)縄文屋根の渡辺拓也さんを地元の農家さんにお引き合わせ頂きました。

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著名な神社から日本各地の古民家やイベント用の施設まで多方面の茅葺の構造物を手がけていらっしゃり、キャリアは10年をこえるとのこと。

「茅を上手に活用し地域を盛り上げていきたいですね」

自然と話が弾みます。

戸隠移住後、茅の活用がずっと気になっていた私としては願ってもみない好機が訪れました。


戸隠が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。

地域の方々のご尽力あって、平成29年2月23日付けの官報告示にて、長野市戸隠伝統的建造物群保存地区が国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されました。

重要伝統的建造物群保存地区への選定は長野市初であり、「宿坊群」としては全国で初めての選定となります。

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長野市ホームページより

戸隠神社のホームページにも重伝建について掲載されています(詳細はこちら)。

この選定により、古くから修験者の宿坊として営みを続けてきた中社・宝光社地区の建物や古民家の茅葺屋根を葺き替えたり、外壁・内装の修繕が本格的に始まりました。

しかし、それに伴い古茅が産廃として廃棄される課題が生じました。

そこで、職人の渡辺さんと宿坊修繕の元請で古民家物件再生を専門に行う高木建設株式会社さんより、「茅を農業で上手く活用できませんか?」とお話しいただきました。

「願ってもない機会です。茅を農業で活用させてください」とお答えし、宿坊・職人・農家・飲食店・直売所等の地域の様々な立場・役割の方々との循環を思い描き、「ぜひ茅をめぐる地域循環モデルをつくりましょう!」と一致にいたりました。

さすが現場の職人さん達、話しが決まるとアクションは迅速。

次から次へと展開していきました。

時系列でご紹介いたします。

2018年10月初旬~

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茅葺屋根の修繕の現場を見学させて頂きました。貴重なシーン!

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無駄・非効率が生じないよう廃棄予定だった茅をここのえの圃場に運び入れて頂きます。

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中には約250年以上前の江戸時代に葺かれたと思われる骨董品級のレアな廃茅もありました。

昔は囲炉裏の生活のため、薪を燃やす際に生じる煙に含まれる自然資源由来の木タール分が茅に付着し黒色化します。

木タールが付着した茅の方が防腐効果が高く、古民家の中で囲炉裏で薪を焚き続ける行為は自然界の理にかなった方法だったそうです。

しかも、木タールは炭素源となるため、土に戻すと良質な野菜栽培に一躍担っていたとも言われます。

この知識はちょうど2年前の信州大学プロフェッショナルゼミ「神様と米づくり -山への尊厳と郷土文化-(中山間地域の未来学Ⅲ)」を受講した際、講師の宮下健司先生(元県立歴史館総合情報課長)から教わり、「いつか実践してみたい」という思いがずっと心に残っていました。

(ちなみにリンク先トップ写真の男性は同じ農業仲間で戸隠の隣りの芋井地区でリンゴ農家として取り組む古川悠太さん)

本講座は長野の中山間地に視点を当て、様々な側面から課題解決や未来へのアクションを描いていく内容でした。

種まきをして頂いた知識と経験が2年の歳月を経て実現する喜びと感動。

当時も多くの信州大学の教員の方々やご関係者の皆様にお世話になりました。

話しを戻し、次に行きます。

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渡辺さんや高木建設の多くの社員さん達が運搬にご協力くださいました。

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茅の一部を地下堆肥化したいとお伝えしましたら、何とたまたまこの日にバックホーが現場に来ており、出動してくださいました。感謝!

必ず良い堆肥ができることと思います。

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茅は4t車×4台分を搬入していただきました。

もしこの量を手作業で刈って運搬したら、大変な労力と時間がかかるため、非常に助かりました。

ところで、茅葺屋根の古茅が産廃として処分される場合、それだけで数十万~(現場によっては)百万円を超えるケースもあるというので驚きです。

農業に携わる者として、この現状をそのままにしておくのは、余りにもロスが大きいのではないかと思われました。

茅が堆肥として優れていることを知る方は戸隠でもいらっしゃり、「茅の循環を戸隠で行いませんか?」と日頃からお世話になっている農家さん達にお声かけさせていただいたところ、「それは面白いね!やってみよう」と何人もの方が応じて下さいました。

これは嬉しかったですね。

この流れを大切にして、農業では堆肥化や茅マルチといった比較的取り掛かりやすいところからスタートし、状況を見ながらステップアップを目指したいところです。

ここからは土作りのために茅を粉砕機を使い、細かく裁断していく作業に入ります。

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戸隠山を背に粉砕した茅の小山がいくつも出来ました。

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これらを圃場全体にちらし、積雪前に土にすき込む予定です。冬の低温環境からゆっくり熟成を進めていきます。

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茅の農業活用における可能性は何か?


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カヤはやわカタイ有機物 微生物が食いつきやすくて持続する

地下茎に養分を貯めこむ多年草
代表的なカヤのススキは、イネ科の多年草で、秋に穂(タネ)をつけたあと地下茎に養分を転流して貯めこむ。そのため秋冬に地上部を刈り取っても、翌春には地下茎から新葉が出て生育する。普通の植物には吸えないリン酸アルミニウムを吸収できるので、やせた火山灰土壌でも繁茂する。

100年で20分の1に減少した草地
現在日本でカヤなどが生える草地の面積は27万haで国土の1%にも満たないが、100年前にはおよそ500万ha(国土面積の10%以上)が草地だったと言われている。カヤ場で春先に野焼きをするのは、カヤ場が森林化しないよう低木の新芽を焼き払うのが目的。

防水性の便利な素材
カヤはイナワラやムギワラよりも油分を多く含むので水をはじきやすい。茅葺き屋根のほかにも、昔の雨具である蓑(みの)などの素材として使われていた。

C/N比は高いけど、やわらかい(カヤのC/N比は40~80)
(※C/N比とは?)

放線菌やバチルス菌が長く棲みつく
カヤやイナワラの表面は難分解性のセルロースやリグニンで包まれているが、中は易分解性の糖やタンパク質が入っている。高いC/N比の割には分解しやすく、いわば「やわカタイ有機物」。放線菌やバチルス菌が好んで殖え、じわじわ分解するので、微生物が長く棲みつく。

放線菌やバチルス菌が病原菌を抑える拮抗菌として働くため、作物は病気に強くなる

米ヌカは長期間もたない
米ヌカはC/N比20くらいで炭素とチッソがバランスよく含まれ、易分解性有機物も多い、やわらかい有機物。微生物の増殖スピードが早いが長期間持続しない。放線菌やバチルス菌も好むが、他の多くの微生物も好むので、ライバルが多く優先的な増殖が難しい。

"特殊な顕微鏡を使って野草堆肥の微生物を観察すると、その和は乾物1g当たり140億~270億もの多さでした。これは一般的な堆肥の微生物数の数倍です。野積みして自然に熟成しただけで、こんなにたくさんの生きた微生物がいるとは驚きでした。"

"野草堆肥の連用期間が長いほど、土壌中の拮抗菌数が高くなる傾向があるようです。拮抗菌は化学農薬のように目覚ましい効果はないけれども、長年使っているとじわじわ効いてくる漢方薬のようなものといえるでしょう。"

"カヤはケイ酸をたっぷり含む草でもある。ケイ酸には植物の葉や茎を頑強にして、病気や害虫の侵入を抑える効果がある。葉カビが出にくかったのは、カヤのケイ酸が効いたのかもしれない。なお、炭素率の高い有機物を大量に土に入れるとチッソ飢餓が起きると心配する人もいるが、土壌分析をすると、チッソは十分足りていると出るそうだ。長年カヤを入れて地力が高まっているからだろうか。"

"熊本、阿蘇に広がる大草原。1万6000haにも及ぶ野草地の広さは日本一であり、そこでとれるカヤは、はるか昔から茅葺きの屋根、牛の飼料や敷料、畑の肥料など、身近な資源として使われてきた。その持続的なシステムが評価され、平成25年には世界農業遺産に登録された。"
(現代農業 2017年10月号)


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2年前の冬のことです。

刈った様々な種類の草と茅をまとめて圃場の端に積んでおきました。

約半年後、随分と分解・熟成が進んだ草の小山を切り返すと、その下には団粒構造の土壌ができ、ミミズが沢山いました。

「土を豊かにする鍵はこれだ!」

と確信した瞬間でした。

視覚では確認することが出来ませんが、夥しい種類と数の微生物が住んでいることも間違いないと思われました。

と言うのも、その団粒構造の土壌の匂いを嗅ぐと、いわゆる「土の香り」が漂ってきたからです。

木々に囲まれた圃場での土の香りは抜群のリラックス効果も与えてくれ、こういう単純なことでも心と身体は喜びます。

この芳香性の物質は、ゲオスミン(geosmin)という有機化合物の一種で、放線菌、特にストレプトマイセス属などの微生物によって産生されることがわかっています。

よく土作りのなされた圃場は土の香りが漂うことから、微生物が豊富に存在している様を読み取ることが出来ると思います。

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余談ですが、下記は高原花豆の窒素固定に一躍担う地表根圏部の根粒菌のコロニーです。

視覚で確認できる程の大きさのものは迫力があります。

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最先端の微生物解析の凄さ

土壌微生物は四六時中活動を続け、土を豊かにしてくれています。

しかし、改めてよく考えれば何がどうなることで土が豊かになるのでしょうか?

この問いに答える一つとして、微生物の代謝物質が挙げられます。

代謝物質とは、代謝の過程の中間生産物及び最終生成物のことです。

一次代謝物質は、生物の成長、進化、生殖に直接関わるものとされ、二次代謝物質は、抗生物質や色素等、生態学的機能を持つ物質であるとされています。

驚くべきことに、先端現場では、この非常にミクロな微生物の複雑かつ複数の代謝の経路を一つひとつ解析していく研究がされています。

さらに、ハイスペックなコンピュータと高度なプログラムを駆使し、代謝経路をコードする遺伝子のパターンを特定したり、代謝経路のパターンから新しい種の微生物が発見されています。

地球を覆い尽くす見えない足元の巨人たちの可能性は無限で無尽蔵―。

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茅をめぐる土作りを通じて、昔の里山の循環的生活の多面的な知恵・技・工夫、そして哲学を垣間見れ、しかもその構造を微生物の側面から探求することで未来につながる可能性に満ちていることを実感します。

と、同時にこのプロセスをわが身で実践することで、生命力そのものが鍛えられる感覚もあります。

土壌はミクロコスモス。宇宙はマクロコスモス。

微生物解析で発見される新規土壌微生物とハッブル宇宙望遠鏡が発見する新たな天体や銀河。

知れば知るほど土壌微生物は宇宙に輝く無数の星が絶え間なく動いている姿との相似性を連想せずにいられません("下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし")。

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さて、薀蓄はこれくらいにしまして、来春に向けて茅を活用し、美味しく安全な野菜を栽培するための具体的な計画を練っていきます。

そして、冬の農閑期に仲間達と意見交換し、地域循環のためのワクワクするアイデアを出し合い、協力的にアクションをしていきたいと思います。

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今回の記事は茅のポテンシャルへの感動と驚きをベースにしつつ、地域循環と微生物活用の視点から未来への希望を綴らせていただきました。

長文をお読みいただき、ありがとうございました。

最後に宮崎県民謡の茅や稲刈りの仕事唄「刈干切唱」を載せさせていただきます。

村人たちが一緒になって歌いながら作業をしていた時代の情景が浮かびます。

ここの山の 刈干(かりぼ)しゃ すんだヨ
明日はたんぼで 稲刈ろかヨ

もはや 日暮れじゃ 迫々(さこさこ)かげるヨ
駒(こま)よ いぬるぞ 馬草負えヨ

屋根は萱(かや)ぶき 萱壁なれどヨ
昔ながらの 千木(ちぎ)を置くヨ

秋もすんだよ 田の畔道(くろみち)をヨ
あれも嫁じゃろ 灯(ひ)が五つヨ

おまや来ぬかよ 嬉しい逢瀬(おうせ)ヨ
こよさ母屋(おもや)の 唐黍(とうきび)剥(む)きヨ

歌でやらかせ この位(くらい)な仕事ヨ
仕事苦にすりゃ 日が長いヨ

高い山から 握り飯こかしゃヨ
小鳥喜ぶ わしゃひもじヨ

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THE KOKONOE代表 水谷 翔

THE KOKONOE代表水谷 翔

医工学修士。信州大学大学院総合理工学研究科卒業。THE KOKONOEの経営と並行して修士課程に在籍し、先端生命科学の研鑽に励み学位を取得。植物優勢生育の条件を土壌微生物の比較ゲノム解析からアプローチし、学術と現場の両輪から探究。土づくりアドバイザー。ゴングパフォーマー。Sound Luxury 代表セラピスト。2021年より医療福祉専門学校にて鍼灸師の国家資格取得に向け研鑽に励む。

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